『眼鏡は宇宙を救う』

作:月華

ズシャッ
高校での授業を終え、帰宅途中だった隆夫の目の前を、何かが猛烈な勢いで上から下へと通り抜けていったのを感じたのと同時に、足下の道路が砕ける音がした。
「何だ?」
眼下を見ると、アスファルトに何かがめり込んでいる。
何かが落ちてきたのかと思い、空を見上げるのだが、暮れかけた夕空に電線が風に揺れているだけで、近くにビルも無く、降ってくるようなものは見当たらない。
再び地面に目をやり、隆夫は地面にめり込んでいるものを見つめた。
黒い太めのフレームに、その縁の中にあるガラスのようなもの。
「眼鏡……か?」
隆夫の呟き通り、それはどう見ても眼鏡だった。
ただ、とても普通の眼鏡だとは思えなかった。
空から落ちてきたかのようなのに、それはフレームが歪むことも、レンズが割れることもなく、まるで、眼鏡立てにでも置かれているかのように、道路に空いた穴に突き刺さっているのだ。
隆夫は、腰を曲げて、眼鏡へと手を伸ばした。
指先に当たってくるフレームの感触は、金属のような冷さはなく、指先にしっとりと来るような感じがした。
地面から引き抜いて手にしてみると、やはり見た目は、普通の眼鏡だった。フレームはやや太めに出来ており、その色合いは、どことなく漆黒の夜空を思わせるものがあった。
さっき見た通り、その中に収まっているレンズは、地面にめり込んでいたというのに、ヒビどころか、傷一つ見当たらない。
柄を持って、蝶番(ちょうつがい)を広げてみると、難なく動かすことが出来た。
隆夫は、掛けたことのない眼鏡に興味を示しつつ、しばらくの間、しげしげと眺めてから、ふと思い立ったように、眼鏡を掛けてみた。
耳元には柄の感触が、鼻元にはパッドが当たってくる感触がして、眼鏡を掛けるってこういう感じなのか、と隆夫は思った。
その時、
「……」
耳元で、何かの声が聞こえた。
女の子の声のようだったが、良く聞き取れなかった。
声はずいぶんと近くから聞こえてきたようなのだが、人通りの無い住宅街のこと、人の気配は無い。
辺りを見渡そうかと思った時、隆夫の体が、何者かによって締め付けられるような感じがしたのだった。
(な、何だ……?)
慌てて体を動かそうとするのだが、自由が効かなかった。
そんな隆夫の全身を締め付ける強さは、ますます強まっていった。
それだけではない。同時に、体の内側から、全身の筋肉が押されるような感じも伝わってくるのだった。
同時に、顔面が痙攣するような感じが湧き起こった。
ひくり、ひくり、と顔の筋肉が動くだけでなく、見えない手によって、顔のパーツへと手が加えられていくようだった。
その背後では、短かった髪の毛が、急速に伸びていくのが感じられた。
うなじをくすぐり、さらに背中へと伸びていっているようだった。
変化は顔だけに止まらなかった。
のど元がくすぐられるような感触がしたかと思うと、体の変化はさらに下へと向かっていった。
胸元の辺りがくすぐったいように感じたと思ったら、正面を向いたまま動かせないでいる視界の下の方で、胸元が大きくなっていくのが感じられるのだった。
(む、胸が……)
変化は、隆夫を頭から飲み込んでいくかのうように、なおも続いていた。
ペニスが縮んでいき、股間の中へと吸収されていく。
それと同時に、尻の方は膨らんだようで、ズボンが窮屈に感じられる。
太ももとふくらはぎが締まったような感じになり、さらに、足のサイズが小さくなったようだった。
(な、何なんだ……?)
体を内側と外側から圧迫してくる感じが収まったかと思うと、ようやく、体が自由に動かせるようになったようだった。
隆夫は慌てて体を見下ろした。
そこには、視界を遮るようにして、大きな膨らみが、シャツの下から盛り上がっているのだった。
(これって、ひょっとして、おっぱい?)
そう思った彼の体に、さっきとは別の感覚が全身から伝わってくるのを感じた。
(な、何だ、これ? 体が、熱い……)

11月13日追加

まるで風邪を引いて熱が出た時のように、全身が火照っていた。
体中が熱くて熱くて堪らない。
「あぁ……」
思わず口から漏れた声に、隆夫はびくりとしてしまう。
その声が、甲高い、そして艶っぽい、女性のものだったからだ。
「な、何で……?」
確認するように呟いてみると、その声はやはり、自分の口から漏れたものだった。
体の変化に戸惑っている合間にも、全身の熱気はさらに高まっていた。
「体中が、熱い……」
その声は、まるで女性の方から愛撫を求めてくるかのような、おずおずと希(こいねが)ってくる感じがした。
それと同時に、女性のものになってしまった体の部分部分が、自己主張をしてくるかのようだった。
シャツの下で膨らんでいる乳房は、まるで胸が風船みたく膨らんでしまったかのように、その感覚を前面へと広げていて、窮屈なシャツから圧迫されるのが感じられる。
その頂からは、男の時には意識することの無かった乳首が、シャツの上からでも分かるほどに勃起している上に、ぴりぴりとした刺激を送ってくる。
乳房と同様に、大きく膨れたヒップもズボンに圧迫されている。
その一方で、股間の前部は何もなくなってしまった中で、ペニスで言えば根本に当たる部分から、股間の奥へと、何かが欲しくて堪らないような感じがしてくる。
(ああ、何だ? この気持ち……)
男がアダルトビデオを見て興奮するのとも違う、射精寸前でそれを止められてしまったのとも違う、いつも感じている性欲とは違った感じが、全身を襲ってくる。
隆夫は、とりあえず人目を避けるために、近くの公園にあったトイレへと駆け込み、個室の中へと入った。
よく手入れされている方だが、それでもアンモニアの臭いが鼻を突いてくる。
壁には、公園のトイレ特有の卑猥な落書きがされているのが見て取れる。
そんな中で、隆夫は性欲に導かれるように、両手を乳房へと当てた。
むにゅり
柔らかいゴムボールを触った時のような、両手をはじき返してくるような感触が手のひらに当たるのと同時に、胸元に貼り付いている柔らかい肉が、指先に合わせて形を変えるのが感じられた。
そのまま、ポロシャツの布地越しに触れてくる隆夫の指先は、その下にある乳房を乱暴に揉みしだいていた。
「これ、おっぱい、なのか?」
彼女のいない隆夫にとって、乳房に触るのはこれが初めてのことだった。
乱暴な指先の動きは、初めて乳房を手にする童貞少年の手つきのようにも見えた。
だが、その指先は細い女のものであり、外見からすれば、若い女性が、自分の体の火照りを押さえきれずに、自らの乳房を愛撫しているようにしか見えなかった。
それは、隆夫からしてもそうだった。
眼下では、胸元で膨らんだ乳房を、乱暴に鷲づかみにしている女の指先が見える。
(なんだか、すごくエッチだ……でも、指が止まらない……)
それに合わせて、男にはない、乳房をもみくちゃにされる感覚が伝わってくる。
まるで、全身をこね回されているかのようだった。
そんな中で、乳房の先端から伝わってくるぴりぴりとした感覚は、ますます強まっていった。
隆夫は、もどかしげにポロシャツの裾をまくし上げて、胸元をさらけ出した。
いつもとは違う、前へとせり出して表面積を大きくした乳房へと、夕暮れになり涼しくなりかけた空気が当たってくる。
胸元には、ぷっくりと膨らんだ白い乳房と、その先端にある、尖った乳首が見えた。
男であるはずの自分の胸元に乳房がある、そんな違和感は、今の隆夫には感じる余裕は無かった。
火照って敏感になっている乳房は、新たな刺激を求め続けていた。
それに答えるように、細い指先が、乳首をつまみ上げる。
「あぁん!」
男に比べて大きな乳首を、男に比べて細い指先が挟み込む。
その光景と刺激に満足感を感じつつ、同時に、もっともっと刺激が欲しくなる。
まるで、走れば走るほど、ゴールが遠くなってしまうかのようだった。
隆夫の指先は、誘われるかのように、股間へと伸びていった。
本来はペニスがあるはずの場所を素通りして、今は平らになった部分へと、指先が触れる。
「あはぁっ!」
股間に触れると同時に、全身が揺さぶられたかのような刺激が湧き起こる。
これが、体が求めているものだ、そう思った隆夫は、興奮した手つきで、ベルトを外し、ズボンとトランクスを膝の上まで降ろした。
窮屈だったヒップが解放されるのと同時に、股間へとトイレの空気が触れてくる。
その感覚は、注射の前にされるアルコール消毒を、もっとねっとりとしたもので行われているかのようだった。
せり出した巨乳が視界を遮る中、首を伸ばすと、股間には男よりも淡い陰毛が生えているのが見て取れた。
男にあるべきペニスがなくなってしまったショックを、隆夫が受けることはなかった。
それよりも今は、その股間が伝えてくる疼きを押さえることで、頭がいっぱいだった。
指先を股間の辺りに近づけていくと、
「あぁ!」
指先に、ぐにゃりとして濡れたものが当たってくるのと同時に、その部分から股間の奥に掛けて、静電気のようなショックが響き渡ったのだった。
だがそれは、不快なものではなかった。
むしろ、もう一度、もっと、もっと、と思わせるものがあった。
再び触れた指先は、まるで吸い込まれるように、その割れ目へと飲み込まれていった。
「あぁ……入ってくる……」
初めて感じる、挿入される感じを体験しつつ、同時に指先へと、女性の濡れた膣襞が絡みついてくるのが感じられる。
くちゅり、くちゅり、と指先を動かす度に、淫らな音が聞こえてくる。
まるで、股間ではなく、頭の中を掻き回されているかのようだった。
それと同時に、乳首を触っている時と同じ感じ――もっともっと刺激が欲しい、そう思えるようになってきたのだった。
(もう、指なんかじゃ、我慢できない……)
隆夫は、急いで服の乱れを整えると、今の体が欲しているもの――男のペニス――を求めて、疼く体を押さえつつ、トイレを出たのだった。

11月14日追加

隆夫は体の疼きを必死に押さえながら、街中へと出た。
ふらふらとさまよっている中で、後ろから声を掛けられた。
「どうかしたの? 具合でも悪いの?」
声の主は、大学生ぐらいの、遊び人と言った格好の男だった。
心配してくるような言葉とは裏腹に、その目つきには、隙あらば、という下心が感じられる。
「お願い……抱いて」
隆夫は、男の耳元で、ねだるように囁いた。
「へへ、いきなりそう来るんだ。見た目は真面目そうなのに、結構、大胆だね」
男は、下卑た笑みを浮かべながら、品定めするように、隆夫の姿を見つめてきた。
「男物の服を着てるけれど、それって、新しい逆ナンのテクなの?」
「格好なんでどうでもいいだろ。今すぐにでも裸になりたいんだから」
火照る体を押さえつつ、隆夫は必死に言葉を紡ぐ。
「おっ、男っぽい口調ってのも良いね。じゃあさ、あっちにあるラブホに行かない?」
「う、うん……」
男に腕を引かれるままに、隆夫は火照って腰が抜けそうになっている体で、どうにか歩いていったのだった。
裏通りの坂道の途中にあるラブホテルへと、二人はたどり着いた。
こんな場所に入るのは隆夫にとっては初めてのことだったが、物珍しいという思いはなかった。
それよりも、早く抱いて欲しい、この体の疼きを鎮めて欲しい、そうとばかり思うのだった。
狭いエレベーターの中でもどかしい思いをしてから、二人は部屋へと入った。
ドアを閉めるなり、男が顔を近づけ、口づけをしてきた。
「ん……」
わずかに空いた口から、湿った女の声が漏れる。
目の前には、男の顔がアップで迫っているのだが、不快な気持ちは無かった。
唇同士が触れあい、その合間から、男の滑った舌が入り込んでくる。
これから行われることを暗喩するような舌の挿入感に、自らの舌を伸ばして応えると、口の中がじんわりと熱くなってくるのが感じられた。
キスは気持ち良いとは聞いていたが、それどころではない。
口から広がる快感の波はそのまま頭へと伝わり、同時に、体の力がなくなりそうになってくる。
体を支えている足ががくがくし、腰が抜けそうになるのを察知した男の手が、ズボンを内側から圧迫しているヒップへと伸びる。
品定めをするようにズボン越しに中の丸みを味わいつつ、自らの体も押しつけてくる。
胸元では、大きな乳房が男の胸板に圧迫され、股間には、すでに大きくなっている男のものが当たってくる。
ちゅぱり、と音がして、男の口が離れていった。
「それじゃあ、シャワーを浴びようぜ。もちろん、一緒にね」
主導権を握ったような口調で、男が言ってくる。
だが、隆夫はそんなもどかしいことをしている余裕はなかった。
「欲しいんだ。今すぐにでも、セックスしたいんだ……」
「ふーん。即ハメが良いんだ。それじゃあご期待に応えて」
男はにやりと笑ってから、腕を引っ張って、ベッドの前へと導いた。
そのまま断りもせずに、隆夫の衣服を脱がしていく。
ポロシャツが脱がされると、巨乳が男の前へと晒される。
「あれ、ブラ付けてないの? それにしても、おっぱい大きいね。それに、乳首もこんなに立っちゃっているし」
男の指先が、乳首の先端へと伸びてきて、つん、つん、と突いてくる。
「あぁん!」
男の乳首では決して味わうことの出来ない、ぴりぴりとした刺激に、隆夫は切なげな声を漏らしてしまう。
そんな反応に気をよくした男は、ズボンへと手を掛け、ベルトを外した。
「あれ、男物のトランクスなんか履いちゃって? もしかして、彼氏とセックスしようとしたら、誰かがやってきて、急いで彼氏の服を着てきちゃったとか?」
男は、自分の都合の良いように、隆夫の格好を理解しようとしていた。
そんなトランクスも、男の手によって脱がされた。
「うわっ、もうヌレヌレじゃん。あ、そういえばまだ名前聞いてなかったよね。なんて言うの?」
「たか……隆子」
男の名前ではまずいと思い、隆夫はとっさに女っぽい名前を口にした。
「隆子ちゃんって言うんだ。あ、俺は健二。
ふーん、隆子ちゃんのオマ○コ、もうヌレヌレだよ」
「お願い……早く挿れて」
女の体が示しているサイン以上に、隆夫の心は、男のものを求めて止まなかった。
「わかったよ。それじゃあ」
言うなり男は服を素早く脱ぎ捨てるなり、腕を絡めてきて、そのままベッドへと押し倒してきた。
仰向けになった体の上へと、健二が覆い被さってくる。
その先の天井には、裸で絡み合う男女の姿があった。
男の方は目の前にいる健二、そして女の方が隆夫だった。
鏡張りになっているのは、天井だけではなかった。ベッド脇の壁にも、鏡が貼られているのだった。
それに気付いた隆夫は、男に覆い被されている自分の体を見つめた。
短かった髪の毛はすっかりと伸び、ベッドの上へと散らばっている。背中に、さらさらとした髪の毛の感触が伝わってくるので、ずいぶんと長いと言える。
黒縁の眼鏡の奥には、つぶらで、とろんとした瞳が見て取れる。
鼻や口も整った女のものになっていて、男の名残はまったく見当たらなかった。
胸元には、盛り上がった乳房が見える。仰向けになっているにもかかわらず、その形は崩れることなく、綺麗な丸みを形作っていて、その先端にはそそるように乳首が添えられている。
その先には、盛り上がったヒップ、何もなくなった股間、みっしりとした太ももとふくらはぎ、細い爪先が見て取れる。
(これが、今の俺? 女になった俺?)
その姿は、どこからどう見ても女のものだった。初めて見る、すっかり変わってしまった自分の姿に、隆夫は戸惑う暇はなかった。
股間の割れ目へと、男の指が当たってきて、わずかにその内側へと侵入してくるのだった。
「んあぁ……」
求めているものへと近づいていることに気づき、小さな溜息を漏らす。
「もうこんなに濡れちゃってるんだから、前戯は無しで良いよね」
確認というよりも、断定するように、男は言ってから、ペニスがそそり立っている腰を、太ももの合間へと入れてきた。
ぺたり、と男の先端が割れ目へと当たってきてから、まるで焦らすかのように割れ目の表面を上下になぞり、愛液を己のものへと塗していくのだった。
「ああ、早く……欲しい……入れて」
女としての欲望が、途切れ途切れに隆夫の口から漏れていく。
「それじゃあ、いくよ」
言うなり、男の熱いものが、体の中へと入ってきた。
男に覆い被され、股間へと男のものを挿れられる。
そんな行為に、嫌悪感を感じるような、男としての隆夫の意識はなかった。
ただ、体が求めているものが与えられる満足感に浸りつつ、もっと奥へと挿れて欲しい、と思うのだった。
ずぶずぶと入ってくる男の腰の動きが、途中で止まった。
「あれ、なんか当たってくるよ。これじゃあまるで、処女膜があるみたいじゃん。もう少し力を抜いてよ」
男の言葉に、隆夫は自分の体にそんなものがあるのか、と思った。
まあ、女の体になったのだから、あっても当然なのかもしれないが、まだ女になったことすら受け入れていない隆夫にとっては、女の体になってしまった新たな証拠を突きつけられているかのようだった。
だが、心は男のためか、処女を失うことにためらいはない。むしろ、ペニスの挿入を防ぐ、邪魔なもののようにすら思えた。
「そのまま、続けて……」
そう言いつつ、男のものをもっと受け入れようと、両足を広げると、男の体では想像が付かないぐらいに、股間が大きく開いた。
男はこちらを見つめてくるままに、腰を進めてきた。
途端、股間の中で、何かが、ぶつり、とちぎれるような感じがした。
「あっ!」
体の内側が傷つけられたような感じに、思わず甲高い声をあげてしまう。
処女膜を破った男のものは、制約が外されたかのように、膣の奥深くへと潜りこんできた。
体にペニスが入ってくるのに合わせて、男の体にはない、股間が充足感に満たされる感じが伝わってくる。
やがて、亀頭の先が、股間の奥にあるものへと、ずしん、と当たってきた。
「あはっ!」
体の中にある何かが圧迫されると同時に、ペニスの挿入とは違った満足感が、股間から脳天へと突き抜けていく。
「ああ、すっげえ気持ち良いよ。隆子のマ○コ、俺のチン○ンを締め付けてくる」
言いながら、男はセックス狂いの猿のように、腰をがくがくと前後にピストン運動させてきた。
挿れられる度に、子宮口が圧迫され、出される度に、雁首が膣襞を掻き乱していく。
男のもので一突き一突きされる度に、満足感を伴った快感が生まれていく。しかも、男と違って、その快感は突かれる度に、だんだんと高まっていくのだった。
男が射精と同時に急激に快感を感じるのとは違う、一突き毎の快感が、積み重なっていくような感じ。
そんな女ならではの体の反応に、隆夫は、もっと高みへ、と思うようになっていた。
腕を伸ばして男の背中にしがみつき、足を突き出して、男の腰へと絡みつかせる。
胸元にある大きな乳房が、男の胸板に圧迫されて、柔らかい肉が胸全体に広がり、こね回されるのが感じられる。
股間に入っている男のものが、より深く挿れられるのが感じられる。
「あはぁ! ああ、良い! この体、凄く良い。もっと、もっと……」
思いつくままの言葉が、セックスを求める女の声として、隆夫の口から漏れていく。
「ああ、やべえ。俺、出ちゃいそう」
男の言葉の意味を悟るなり、その腰へと絡みつかせている足へと、さらに力を入れる。
「ああ、出して、出してぇ……」
その途端、子宮口を破らんばかりに入り込んでいた男のペニスの先端から、熱いものが噴きだし、さらにその奥へと流れ込んできた。
ペニスでは満たされなかった部分が、男の精液に染まる。
同時に感じられる、満足感。
そして絶頂感。
「あぁぁぁーーーー!」
覆い被さってくる男の下で、背中を反らし、全身をぴんと伸ばしつつ、隆夫は女の絶頂へと導かれていったのだった。

「はあ、はあ。中出ししちゃったけれど、大丈夫だよね?」
腰を引いて、精液を出された股間を見つめながら、男は呟いてくる。
「隆子ちゃんも結構積極的だったし。体をくっつけてたから、汗ぐっしょりだぜ」
重なり合った二人の肌は、汗で輝いていた。
「隆子ちゃん。顔も汗かいて。眼鏡なんかしてたら、暑苦しいんじゃないの? だったら外しちゃおうぜ。俺、眼鏡属性ないから」
言うなり男は、隆夫の顔へと指を伸ばしてきて、眼鏡を外した。
その途端、眼鏡をかけた時と同じ、全身への圧迫感が隆夫を襲ってきた。
髪の毛が頭に吸い込まれるように短くなっていき、顔つきもがっしりしたものになっていく。
乳房は風船がしぼむように無くなっていき、股間からはむくむくとペニスが生えてくる。
隆夫は慌てて横にある鏡を見た。
そこには、男に組み敷かれている、男の姿をした自分の体があるのだった。
変化は、体だけではない。
さっきまでずっと感じていた、体中が火照るような感覚は、きれいに消え去っていた。
目の前を見ると、男は口をぱくぱくさせて、言葉も出せないでいた。
冷静になった隆夫は、男を突き飛ばし、ベッドから降りるなり、床に散らばっている服を身につけた。
そのまま逃げ去ろうとした時、男の手で外された眼鏡が目に付いた。
考える間もなく、隆夫はそれを手にして、部屋を出て、ラブホテルから立ち去っていった。
男の体に戻った隆夫は、ひたすら走り続けて、ようやく家へとたどり着いた。
そして階段を駆け上って、自分の部屋へと滑り込む。
ドアを閉めて、ようやく一人になったところで、隆夫はさっきまでの出来事を思い出した。
空から降ってきた眼鏡を掛けるなり、体が女になって、そしてセックスがしたくなって、見知らぬ男に抱かれた上、中出しまでされてしまった。
そんな記憶と共に、男とはまるっきり違っていた女の快感が脳裏をよぎる。
「これってやっぱり、この眼鏡のせいなのか」
隆夫は椅子に腰を下ろしてから、手にしていた眼鏡を目の前へとかざした。
すると突然、
「被検体となってくれたことに感謝する」
抑揚のない、乾いた感じのする女の子の声が聞こえてきたのだった。
それは、どこからか声を掛けられたというよりも、頭の中に直接響いてくるように聞こえた。
部屋を見渡してみても、隆夫以外は誰もいない。
「わたしはここにいる。眼鏡のレンズを、覗き込んで欲しい」
言われるままに、隆夫はフレームを畳んだままの眼鏡を顔に当て、レンズの部分を見つめた。
そこには、まるで立体映像のように、ショートカットに眼鏡を掛けた、女の子の姿が映し出されていたのだった。

11月15日追加

隆夫は慌てて、眼鏡を持ち上げて正面を見つめた。
しかしそこには、さっき見えた女の子の姿はなかった。
もう一度、眼鏡を目の前に持ってくると、確かに女の子が立っている。
レンズの表面に絵でも描かれているのかと思って、斜め方向から見てみるのだが、そうするとまるで視線をずらしたかのように、レンズの向こうにいる彼女の大きさや見え方が変わってくる。
「わたしの実体は無い。しいて言えば、君が手にしている眼鏡が、この地球上での実体だ。人類オブザーブ用眼鏡型・インターフェース。それがわたしだ」
レンズに映る彼女の口が動き、断定的な強い口調で、そう言ってくる。
しかし、そう言われても、何のことだか隆夫にはさっぱり分からない。
しばらく悩んだ末に、
「もしかして、宇宙人ってことか?」
レンズに映る彼女に向かって、隆夫は恐る恐る聞いた。
「そんな低レベルのものではない。わたしの本体は、宇宙の意識フィールドだ」
彼女の声には、何故か怒ったような音色が混じっていた。
「宇宙の意識って……宇宙に意識なんかあるのか?」
「あって当然だろう。地球人の言葉を使って分かりやすく言えば、宇宙は巨大な量子コンピュータであり、その中で行われる波動関数の収束の結果として、意識が生起するのだ。
分かったか?」
「すまん……さっぱり分からないんだが。どう聞いても、宗教の勧誘ぐらいしか想像できない」
「宗教だと。はんっ、神などと言う妄想と一緒にしてもらっては困る」
戸惑う隆夫をよそに、彼女の声はますます不機嫌になってきた。
「で、その宇宙の意識が何をしに来たんだ?」
自分の不理解っぷりと、相手の不機嫌さをごまかそうと、隆夫は話題を逸らした。
「うむ。宇宙同士の衝突が間近に迫っている。それを回避するために、生物が持っているコミュニケーション――性について観察をしにきたのだ」
「宇宙の衝突? 隕石が落ちてくるとか?」
「どうしてお前は、そう矮小な発想をする。地球人の言葉で言えば、ブレーン宇宙論におけるブレーン同士の衝突だ」
「……それって、本当に地球の言葉なのか?」
意味の分からない単語に、隆夫は戸惑うばかりだった。
「まったく要領を得ない奴だな。端的に結論を言おう。近いうち――人間の時間感覚で言えば一ヶ月以内に、この宇宙で新たなビッグバンが起こり、今の宇宙は無くなってしまうのだ」
「無くなる……この宇宙が……」
半ば信じられないと言った表情で、隆夫は茫然と呟いた。
「そうだ。それを防ぐために、二つのブレーンに性別という概念を取り込み、ビッグバン的なクラッシュを回避させたい。そのために、君の体を女性にして、性衝動による行動を観察させてもらった」
「それじゃあ、俺が女になってあんなことをしたのって、やっぱりお前のせいなのか?」
「そうだ」
悪びれもせずに、彼女は言ってくる。
「性衝動の観察って言うんだったら、普通にセックスでものぞき見すれば良いじゃないか。なんだって女なんかにさせたんだよ」
「うむ。君の知能レベルにしてはまともな推論だ。だが、この宇宙そのものである意識フィールドは性別という概念を持たない。そこへ、いきなり性別という概念が入ってきた時のシミュレーションとしては、突然性別が変わった時の反応を調べるのがベストなのだ。
これからも、君の体を使って、調べさせてもらう」
「って俺、また女になってあんなことをするのか?」
「嫌なのか? しかし女になった体をずいぶんと堪能していたようだが」
「あ、あれは……そりゃ確かに、女の体は気持ちよかったけれど……
でも、あれじゃまるで、性欲に操られているみたいじゃないか」
「ふむ。もっと自由意志が欲しいということだな。
しかし、まだ地球人に関するデータが不足していて、微調整が出来ないのだ。もう少し、データを集める必要がある。それと、肉体変化についても、眼鏡を外せば元の体には戻るのだが、そちらも、自由意志で取り外すことは、まだ出来ない状態だ」
「それはさすがに困るだろ。俺がまた眼鏡を掛けたら、誰かにたまたま眼鏡を外してもらうまで、ずっとセックスすることになるってのは」
「ふむ」
彼女は腕を組み、あごに手を当てて、考えるような仕草をした。
「よし、それでは取引と行こう。君自身が眼鏡を掛けるのではなく、君が誰かに――この場合は男性だが――に眼鏡を掛けさせる。そうすれば相手は、性欲の虜になった女性へと変化し、君はその相手とセックスをすることが出来る。これで、どうだ?」
「そんなこと、出来るのか?」
「すでに君が体験済みだろう。この眼鏡を掛ければ、異性へと変身して、性欲の虜になるのだ」
彼女の言葉に、隆夫はごくりと唾を飲んだ。
確かに、それは魅力的な提案だった。
しばらく考えた末に、
「よし、分かった。それで行こう」
そう言って、彼女の名前を呼びかけようとして、まだ名前を聞いていないことに気付いた。
「お前、名前はなんて言うんだ」
「宇宙の意識フィールドの一部であるわたしに名前などない。それに名前を付けるなど、電子一つ一つに名前を付けて区別しようとするのと同じぐらいナンセンスだ」
「そうは言っても、呼ぶ時に困るだろ」
「それでは、君が勝手に付けたまえ」
言われた隆夫は、首をかしげてから、
「それじゃあ、眼鏡のレンズから取って、レンってのはどうだ?」
「君がそう呼ぶのなら、それで良い。では、交渉成立だな」
「あ、俺のことは、隆夫って呼んでくれ」
「わかった。それじゃあ隆夫。よろしく頼むぞ」

続く

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