『高めよう出生率課』

作:月華


私はいつものように、入り口にあるカードリーダへとIC認証付き職員カードをかざして、部屋へと入った。
タッチと同時に、入室時刻が表示される。
時刻は午後6時。
役所の仕事開始時刻としては、ずいぶんと遅い方だ。
しかし、これも仕事柄仕方がないことだ。
私が勤めるのは、高めよう出生率課。通称はTS課と呼ばれている。
その目的は、少子化が進んでいる世の中を改めるべく、子供を持たない、もしくは少ない夫婦の妻へと憑依をし、夫を誘惑し、妊娠をさせ、出生率を高めること。
そのため、どうしてもこんな遅い時刻に仕事を始めることになってしまう。
部長に挨拶をしてから、個室へと入る。
中には、小さな部屋の半分ほどの大きさを占める、幽体離脱マシーンが置かれている。この形が、幽体離脱をするには最適な形と聞いているのだが、そうと知らなければ、巨大なブタ型の蚊取り線香入れとしか思えない作りになっている
私は、その口の部分から出ている椅子へと横たわり、スイッチを押して、体を中へと進めていく。
椅子の動きが止まると同時に、SF映画を思わせるような機械音が響き、幽体離脱マシーンが光り始める。
そのうちに、体の感覚がなくなり、宙に浮いているようになる。
その次の瞬間には、目の前に女性の姿が現れた。
これから憑依をする相手で、名前は臼杵亜弥
五感が無くなった状態で、いきなり女性の姿がアップで、しかも裸で現れるというのは、何度体験しても、緊張するものだ。
幽体離脱マシーンで使われているOSが、そういう設定になっていたからとのことだが、目の前に女性が現れた次の瞬間には、自分がその女性の体に憑依しているというのだから、どうも落ち着かない
まあ、これも、前例を重んじる役所のシステムだから仕方がないことなのだろう。
そんなことを感じているうちに、五感が一瞬にして切り替わる。
目の前には大型の液晶テレビがあり、画面には、先日発売されたゲーム画面が表示されていた。
両手にはコントローラーが握りしめられていて、急に彼女の体になった私は、思わず滑り落としてしまった。
この装置の欠点は、幽体離脱して憑依する相手の状態が分からないことだ。
何時にどのようなことをしているかは、事前の調査である程度分かっているものの、たまたま料理で包丁を使っている最中に憑依してしまった場合などは、下手をすれば、体の持ち主に怪我をさせてしまうことになる。
その点、今回は、そういうことがなく助かった。
私は、リビングとおぼしき部屋を見渡した。
部屋には鏡はなかったが、ベランダへ続く窓ガラスを見ると、クッションに座って、こちらを見つめてくる女性の姿が見える。
栗色のショートカットに、大きな瞳。スポーツウェアを着て、太陽の下で、テニスを楽しんでいる姿が似合いそうだった。
その姿が、事前の調査資料にあった写真などで確認した臼杵亜弥の姿に間違いないのを確認してから、私は眼下へと目をやった。
真っ先に目に入ってきたのは、セーターに包まれた膨らみだった。
視線を動かすために頭を前にやったのと同時に、胸元の膨らみが前へとずれて、体の重心が移動するのが感じられた。
いつも不思議に思うのだが、憑依する女性が毎回と言って良いほど、胸が大きいのは何故なのだろう。部内での世間話では、元々のOSで、胸が大きい女性の方が憑依し易いとなっているという技術的な話もあれば、胸が大きい女性に憑依した方が夫を誘いやすいからという実務的な話もあり、いずれも定かではない。
技術的な話と言えば、憑依している相手の深層心理とかけ離れた事をすると、憑依は解除されてしまうのもやっかいだ。しかもその際には、幽体離脱マシーンは爆発し、私の体が怪我をしてしまうことになる。
ただし、意識の支配権は、憑依をしている私にあり、憑依している間の言動は、憑依されている側にとっては、あたかも自分の意識として認識されることになるので、憑依している間の記憶が途切れることはなく、結果としては、自分が望んでセックスし、妊娠をしたことになる。
私は立ちあがって、別の部屋にいるはずの夫を探した。
夫の名前は、臼杵浩一。彼女とは職場結婚で、年齢は彼女と同じく27歳。
しばらく歩き回って、彼の部屋らしき場所にいるのを見つけた。
そのことを確認した私は、台所へと向かい、キッチンの戸棚を開いていく。
そして、探しているものを見つけた。
私は、暖房の効いた部屋の中で、着ている服を脱ぎ始めた。
セーターとスカートを脱ぎ、下着だけになると、いつも感じる、男がパンツ一枚でいるのとは違う、ずいぶんと着飾った、それでいて、露出度が少ない女性の下着ならではの感触に戸惑いを覚えてしまう。
私は、体をわずかに覆っている下着を脱ぎに掛かった。
最初のうちは、自分の手で、自分が着ているブラジャーを外すのはずいぶんと苦労したものだが、今では、楽に外せるようになった。
ブラを外すと同時に、両肩へと、それまでブラの紐へと掛かっていた乳房の重みが、ずしりと掛かってくる。
それから私は、パンツへと手を掛けて、下着を脱ぎ降ろした。
全裸になったところで、私は食器棚のガラスへと、その裸身を映した。
くりくりとした瞳をした彼女が、こちらを見つめてきている。
さらけ出された彼女の恥ずかしい部分を覆うかのように、手が動いたかと思うと、私の右手には、手のひらに貼り付くような乳房の感触が、左の指先には、ぐにゃりとした膣口の感触が伝わってきた。
「ん……」
女性ならではの、愛撫を受け入れるような柔らかい手触りを感じつつ、同時に湧き起こる、男性とは違う、受け身としての女性の感覚を体感する。
ガラスに映る臼杵亜弥は、目を細めつつオナニーを始めた。
ほっそりとした指先が、繊細な女性器を触るのに合わせて、ぴりぴりとした快感が、私の体を通り抜ける。
これはあくまでも仕事の一環だ。
彼女の体が感じる部分や感じ方を、あらかじめ調べておくのと同時に、誘いを掛けた夫がいきなり本番行為を迫ってきた時に、すぐにそれを受け入れる準備をしておくために必要な行為なのだ。
私は、クリトリスを触っていた指先を、濡れ始めた割れ目へと伸ばし、その裂け目へと人差し指を入れた。
体の中に、自分の指が入ってくる感覚は、相変わらず慣れないものだった。
だが、そんな気持ちをよそに、私は産婦人科のように、指先で彼女の膣内を探り、その感じ方を確かめた。
反応の仕方や濡れ具合は、標準の女性並みのようだ。
これだったら、普通にセックスする分には問題ないだろう。
「ふう……」
私の口から、ねっとりとした感じを帯びた、臼杵亜弥の溜息が漏れる。
彼女の体をチェックしたところで、私は、キッチンから探り出したものを、裸の上から直に身につけた。
紐を肩に掛け、背中で紐を結んだ所で、私は自分の姿を見下ろした。
二つの膨らみが、白いエプロンに覆われるようにして、谷間を作っている。
いわゆる、裸エプロンという姿だ。
女性の中には、この格好を嫌がる人もいるが、彼女については、潜在意識で嫌がっている様子は無いようだ。
私は、裸エプロンのままで、夫の浩一がいる部屋へと向かった。
開いていたドアを抜けて、足音を忍ばせて近づいていく途中で、その気配に気づいたのか、パソコンを操作する手を止めて、こちらを振り向いてきた。
「亜弥……その格好」
彼の反応は、普通の男性のものと同じだった。
ごくりと唾を飲み込み、膨らんだ胸元を、じっとりと見つめてくる。
「あたし、今日はすごくエッチな気分なの。だから、こんな格好をしてみたの……」
私は、恥ずかしさを装って、握った右手を顎に当てつつ、頭を下げて胸元を強調しながら、上目遣いに彼を見つめた。
椅子に座ったままの浩一が、ズボンが勃起して当たってくるのか、腰をくねらすような仕草をしたのが見て取れた。
「あなたを喜ばせようと思ってこんな格好してみたけど、変かな?」
私は、媚びるような口調で声を出しつつ、もじもじと腰をくねらせた。
「そんなことないさ。亜弥がそんな格好をしてくれるなんて嬉しいよ」
浩一は立ちあがるなり、私の元へと近づいてきた。
そして、覆い被さるようにして抱きしめてくる。
男の太い腕が、ほっそりとした彼女の体を包み込む。
「ねえ、エッチしてくれる?」
私は、再度上目遣いをしながら尋ねた。
良い雰囲気だが、ここで断られたら台無しだ。幽体離脱マシーンの性質上、一人の女性に対して憑依できるのは、一回だけ、となっている。
だから、ここで上手くいかなければ、私はもう、臼杵亜弥の体に憑依することは出来なくなる。
私とは別の、他の同僚であれば、彼女の体にまた憑依することは可能だが、排卵日などを考えると、ロスは大きい。
そんなことを考えつつ、私は押しの一手を使う。
「ねえ、お願い……」
両手を男の背中に回して、胸元を押しつけつつ、同時にエプロンだけに包まれた股間を擦り当てる。
頭上で、ああ、という浩一の声が聞こえたかと思うと、私の顎が持ち上げられ、彼の顔が間近へと迫ってくる。
男にキスをされるというのは、相変わらず慣れないことだが、私は目を閉じて、男の唇と舌を受け入れる。
口が広げられ、男の熱い息が入ってくるのと同時に、力強さを感じさせる舌先が潜りこんでくる。
私は、彼の舌が動くがままに任せた。
つんつんと舌先で口中を刺激されると、じんわりと体が熱くなってくるのが感じられる。
男に比べて、敏感な女の口中ならではの反応だった。
こういう時は、女性の体に憑依出来て役得だな、と思う。
火照り始めた私の体を、男の腕が這いずり始めた。
密着し合っていた胸元へと入り込み、私の乳房をエプロン越しに揉みしだいてくる。
ぐにゅり、と体の一部が、とろけたチーズのように変形するのが感じられる。
「はぁ……」
私の口からは、自然と甘える様な溜息が漏れる。
「ねえ、ちょうだい……」
私は、最後に念押しをするかのように、視線と言葉で訴えた。
「ああ、でも、一つお願いしていいかな?」
男の顔が、困ったように歪む。
「何?」
「その……セックスの時に、これを付けて欲しいんだけど……」
そう言って男が机の引き出しから取りだしたのは、ヘアバンドに動物の耳を付けたものだった。
「猫耳を付けて、セックスして欲しいんだ」
そう言われた途端、ぴくり、と青筋が立ったような気がした。
まずい。彼女の潜在意識が、嫌がっているようだ。
そんなことにも気づかず、男はさらに言葉を続けてきた。
「そして、語尾を猫っぽくして欲しい」
亜弥の潜在意識が、またしても嫌がっているのが感じられる。このままでは、憑依が解除されてしまう。
私は、彼と彼女を仲介するかのように、言葉を発した。
「どうしてあたしに、そういう格好をさせたいの?」
「それは……君が猫みたいだからさ?」
「猫みたいに、可愛いってこと?」
私は、誘導尋問のように、なるべく話を良い方向へと持って行こうとする。
「そう。そうだよ。その瞳の輝きも、しなやかな体つきも、猫みたいに可愛いじゃないか」
そんな言葉を聞いて、亜弥の潜在意識が、少し穏やかになったようだ。

続く

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