『闇に潜む者』〜第二章 "覚醒"

作:月華


有紀と健司の二人が、仄暗い部屋に浮かび上がるように立っている。
健司は、彼女と自分がこんな場所にいることに、戸惑いを覚えていた。
彼女との付き合いは長いものの、せいぜいキスをしたぐらいだったのに、それがいきなりラブホテルにいる……
あまりにも急な展開だった。
どうしてこんなことになったのだろう……ここに来るまでのことを思い浮かべようと、体を寄り添わせてくる彼女を見つめた。
そんな彼の視線を待ち望んでいたかのように、有紀も彼の顔を見上げてくる。
そして、目を開いたままに、唇を突き上げて、健司に同じ行為を求めてくる。
健司の唇に、女の子の唇が柔らかく吸い付いてくる。彼女の温もりを直に感じているうちに、その中心から、彼女の舌がねっとりと入ってくる。返す間もなく、健司の舌を探り当て、絡みついてくる。粘膜同士が触れあい、彼女の味が、口中一杯に広がっていく。
絡みつく舌と、まとわりつく唾液を感じながら、健司はここに来るまでのことを思い浮かべていた。始まりは、この口付けだった。

彼女に会う前は、健司はいつも通りのデートのつもりでいた。どこかに行って、何かを見て、適当なことを話して、別れ際、雰囲気が良ければキスをする……
それが今回のデートでは、いきなりキスから始まった。
おはよう、と挨拶した健司の首筋に、彼女の細い腕が巻き付き、唇同士が重なり合う。呆気にとられる健司の隙をつくように、彼の口に彼女の舌が入り込んでくる。舌と舌が絡まりあい、彼女の唾液が流れ込んでくる。
それをきっかけにしたかのように、健司の中で、彼女への欲望が高まった。鼻先をくすぐる、彼女の髪の毛から感じるシャンプーの香り。首筋に感じる、彼女の柔らかい二の腕。胸に押しつけられてくる、彼女の胸の膨らみ。左手でなぞるとラインが伝わってくる、彼女のしなやかな背中。右手に感じられる、彼女の丸いヒップ。
敏感になった全ての神経で、彼女を感じながら、健司はキスを続けた。
そのキスが、突然終わった。
接していた顔が離れ、彼女の全身が健司の視界へと入る。
紅く染まる彼女の頬を、恥ずかしさにもっと赤くしたい。
小さく息を漏らす彼女の唇から、喘ぎ声を出させたい。
服に包まれた二つの膨らみを、思いっきり揉んでみたい。
彼女を包む全てのものをはぎ取り、全身を嘗め回したい。
スカートに隠された場所へ、欲望のままに突っ込んでみたい。
「ねえ、ホテルに行こう」
彼女の口から出た言葉に、健司は意外に思うことなく、すぐさま同意をしたのだった。

本当に、彼女とこんなことをして良いのだろうか、と戸惑っていた健司の心を、二回目の口付けが、溶かし崩していく。
目の前にいる有紀が、恋人としてでなく、性欲の対象として見えてくるのが現れるような健司の目つきの変化に、有紀は満足感を感じていた。
――目の前にいる男が、自分の体を求めている。
そう思うだけで、有紀は自分の体が火照ってくるのを感じていた。
有紀の脳裏には、男に抱きしめられている己の姿が浮かぶ。
腕の中にいる女の子を抱きしめて、唇を奪い、服を脱がせ、胸をまさぐっていく……その想像の視点は、男からのものだった。女であるはずの有紀は、自分自身の体を抱くことを想像し、興奮しているのだった。
「ねえ。いつまでも服を着たままじゃ、始められないよ」
頭の中にある想像を実現しようと、彼女は健司に誘いを掛けると、きっかけを与えられた健司は、すぐさま服を脱ぎ始めた。
全てを脱ぎ捨てた健司とは対照的に、有紀は下着は身につけたままだった。もちろん、下着は健司に脱がしてもらうつもりだった。もしも自分が女の子を抱くとしたら、その方が興奮するだろう、と思ってのことだった。
「ねえ。お願い」
甘えるような声で、有紀はベッドに腰を掛ける。隣に座った健司は、素肌を表した有紀を実感するように、体を密着させながらキスをしてきた。
有紀の背中に、男の腕が巻き付いてくる。指先をゆっくりと動かして、ブラジャーのホックを探し当てる。かすかに擦るような感触があってから、締め付けられていた胸への刺激がなくなる一方、胸が自らの柔らかさと重さに、小さく下に動くのが伝わってくる。
密着していた健司の肌が、わずかに離れる。ブラジャーの肩紐が、有紀の腕をすり抜けていく。有紀の体を離れたブラが、健司の手中へと移る。健司は、軽く握って感触と彼女の温もりを感じてから、彼女が脱いだ服の上へと重ね置いた。
「おっぱい見られるのって……恥ずかしい」
そう言いながらも、彼女はさらけ出された乳房を隠そうとはしなかった。健司のぎらぎらとした視線に興奮する一方で、有紀自身も、自分の乳房を見ることに興奮をしていた。有紀にしてみれば、健司と共に女の裸を眺めているかのようだった。
「あ……」
自らの胸に、大きな手のひらが当てられる。有紀の唾液に興奮している健司は、初めての相手になる有紀のことも忘れ、手のひら一杯に乳房を掴み、少しでも多く、乳房を味わおうとした。
「健司の手って……大きいんだね」
昨夜、自分の手のひらで触った時とはまるっきり違う感覚だった。柔らかく繊細な女の子の乳房を、大きく力強い男の手が揉んでいく。その様子を見ているうちに、有紀は男の手が自分のもののように思えてきた。
もっと強く揉もうと、有紀は体を後ろに反らしていき、ベッドへと倒れ込む。仰向けになった乳房が、重さと柔らかさに、かすかに広がるのが感じられる。その乳房を逃がすまいと、健司は手を広げ、乳房を中心へと集めていく。
有紀の胸元では、男の手のひらによって、乳房が自在に形を変えていくのを見ているうちに、有紀は誘われるように健司の手の上に、自らの手のひらを重ねた。そして、健司の動きに合わせるように、自らも手を動かしたのだった。
男の手のひらが、女の乳房と手のひらに包まれている。有紀の脳裏には、男の手のひらこそ、自分のもののように思えた。体に伝わってくる感覚は、乳房と女の手のひらからのものだったが、視覚としては男のものだった。女にせかされるままに、両手で胸を揉む男のものだった。

そう思っているうちに、有紀の中で新しい欲求が高まっていく。
(……一つになりたい)
有紀は、処女だった。本来ならば、男に入れられることへの不安を感じたのかもしれないが、そう思う余裕は無かった。欲求の高まりを早く満足させたい、それだけだった。有紀の中で膨らむ欲求は、女としてのそれではなく、男としての性急さ、だった。
「健司……」
早く一つになりたい相手の名前を呟いてから、有紀は下半身を動かし、足を広げていく。わずかな言葉とは裏腹に、有紀が何を求めているのか、どんなことをしてもらいたいのか、どこに入れて欲しいのかを、その態度で示したのだった。
誘われるままに、健司は体を有紀の下半身へと動かす。開かれていた有紀の両足が閉じられ、腰がわずかに浮かび上がる。健司は、有紀の体を唯一覆っている下着へと手を掛けた。
布地と肌が擦れ合う、微かな音だけを立てながら、有紀の隠されていた部分が露わになった。そこには、女の子の茂みと、女の子の割れ目があった。
しかし、その様子を有紀自身が見ることは出来なかった。仰向けになったままに、腰を浮かす彼女にとっては、自分の体なのに満足に見ることが出来ないもどかしさが高まっていく。
「ねえ……あたしの……もう、濡れてる?」
「うん、濡れているよ」
「そう、なんだ。あたしのあそこ、濡れているんだ」
健司とやりとりをしながら、有紀は自分の股間が濡れているのを想像していた。降ろしたパンティの中で、すっかり濡れている女……
男を求める女を目の前にしているのを想像しているうちに、用を為さなくなった下着は、足の指先をくすぐってから、有紀の体を離れた。
「ねえ。あたしの体……見て」
再び、有紀は足を広げて、全てを健司にさらけ出した。有紀が上体を持ち上げて自分自身の体を見下ろすと、さらけ出された乳房と、股間を覆うアンダーヘアが見える。
自分の体を見つめながら、健司からはどのように見えているのだろう、と有紀は思った。
物欲しげに見つめてくる女の子の顔が見えるのだろう。
膨らんだ乳房と、その上に添えられた乳首が見えるのだろう。
濡れながら、開いた両足に引っ張られるように広がっている女の入り口が見えるのだろう。
女の子を、好きなままに鑑賞できる健司の立場が羨ましかった。なれるものなら、今すぐにでも、男としての健司の体になりたかった。だが、今の有紀には、それは叶(かな)う望みではなかった。
もどかしさへの反動から、有紀の体は男を求めた。
「お願い……来て……あなたのが、欲しい……」
健司は無言で頷くなり、有紀の両足へと割って入った。健司の顔を見ると、その視線は有紀の股間へと集中していた。すっかり固く大きくなった男のものへと右手を添えながら、健司は目指す所をじっと見つめている。
ベッドがわずかに揺れると同時に、有紀の股間から、熱い刺激が伝わってくる。敏感な場所に、熱いものが当てられる感触だった。
「有紀、いくぞ」
「くぅっ……」
体の中に、男のものが入ってくる感覚に、有紀は小さな溜息を漏らした。
開いた両足の間へ、男のものがずぶずぶと入ってくる。まるで、男の全体重が、ペニス一本に集まり、きつい入り口へと割って入ってくるかのようだった。
それでも、処女を失う痛みを感じることは無かった。痛みよりも、男が入ってくることで、自分の体が変わっていくことの方に、意識が集中していた、と言って良かった。
有紀の中へ入った健司は、しばらくそのままの姿でいた。健司自身にとっても初体験となるこの感覚を、ずっと感じていたかったのだった。
「ねえ……あたしの中って、温かい? あたしの中って、濡れてる?」
男のものが深々と差し込まれているのを感じながら、有紀は尋ねた。女の体を味わうことの出来ないもどかしさからだったのだが、健司にとっては健気(けなげ)に尋ねてくる、女の子の気持ちに思えた。
「うん……温っかくって、ぬるぬるして……気持ちいい……」
興奮した口調で、健司が応えてくる。
「それじゃあ、もっと気持ちよくなって……動いてもいいよ」
言葉で答えることなく、健司は態度で示した。
「ああ……」
力一杯突き上げてくる健司の動きに、有紀はのけぞって天井を見上げた。そこには、黒く透き通った鏡が張られていて、中心には女の子の体に割り入って腰を突き立てている男の姿があった。
(あれが……あたし)
男の下で、腰を突き動かされている女の子が有紀……のはずだった。しかし、有紀にとっては、それよりも健司の姿こそが、自分の姿のように思えた。
女の体に乱暴に腰を突き立てながら、思うままに女の体を味わっている男こそが、自分の姿なのだ。
だが、体から感じられる感覚は、まるっきり違っていた。体の中に、熱いものが入れられて、そこから感じられる気持ちよさが、全身にじんわりと伝わっていく。
有紀が求めているのは、そんな快感ではなかった。体の一点に感覚が集中し、女体の具合を快感を通じて感じる……それこそが求めるものだった。
自分の体なのに、その感触を味わうことが出来ないもどかしさが、有紀の動きをますます激しいものにしていく。
有紀は男の挿入に合わせるように、腰を動かしてみた。鏡の中では、男としての自分が腰を動かす度に、体には挿入される快感が広がっていく。女に打ち付けようと腰を突き動かす度に、力強い圧迫感が、自分の体へと押し寄せて、密着した肌全体へ、快感が巻き散らかされていく。
まだまだもどかしかった。有紀は両足を持ち上げて彼の腰へと巻き付け、さらに腕も彼の背中へと重ねていく。
彼の体を引き寄せつつ、有紀は自分が男になり、女の体を力強く抱きしめているところを想像していた。
「俺……もう、出そうだ……」
その言葉を聞いた途端、有紀の新たな欲望が生まれた。女の中に、男の精をぶちまけたい……そんな欲望だった。
それは叶うはずは無かった。しかし有紀は、男が女の体を抱きしめるかのように、力強く健司の体を抱きながら、
「欲しい……思いっきり、欲しい」
かすれる声で呟くように、そう囁きかけた。
それが、健司への合図となった。これまで塞がれていたものが解放されるように、男の精が体から溢(あふ)れだし、ペニスの中を駆け登っていく。
「あ……」
体の中に、熱い男の精が入ってくるのを、有紀は感じた途端、またしても新しい欲望が、有紀に沸き起こった。
(一滴残らず、健司のものを体に取り込みたい)
そう思った瞬間、自分自身の体全体が、それを実行しようと動いているのが感じられた。
彼と密着させている腰が、さらに密着しようと勝手に動いていく。
彼を離すまいと、力を入れていた両手両足に、さらに力が入る。
健司のものを包み込んでいる肉壁が、意志を持っているかのようにうごめき、健司の精を胎内へ取り込もうとしている。
そんな彼女の動きに誘われ、健司の熱い精が、彼女の胎内へとそそぎ込まれる。子宮へと流れ込むように入ってくる。
だが、健司の粘液は、胎内の一カ所に留まることはなかった。
精液の持つ粘り気と熱さが、子宮を中心に、体全体に広がっていくのだった。
(え、何……?)
想像をしてなかったことに、有紀は戸惑った。だが、精の広がりは止まらない。じわじわと子宮の壁を越えて広がっていくと同時に、セックスの後ですっかり流れが速くなっている血流にのり、一気に全身へと送り込まれていくのだった。
体中が熱い粘液に包まれていく度に、体が自分のもので無くなっていくかのようだった。じわじわと自分が溶けていく、自分ではない誰かに、自分の体が奪われていく……そんな感じだった。
意識が消えていく……
深い眠りに誘われていく……
自分自身が小さくなっていく……
そして、有紀の意識は、
消えた。

彼女の上にのし掛かっている健司には、彼女の様子は初めてのセックスに絶頂を覚え、わずかな時間、失神をしたかのように見えた。
一度、体全ての動きが止まった有紀が、ゆっくりと目を開いた。
「有紀……大丈夫か?」
しばらくの時間があってから、彼女は口を開いた。
「うん……なんでもない」
「そうか。どうかしたかと思ったぜ」
「大丈夫。それよりも、シャワー浴びてくるね」
言うなり、有紀は健司の体を脇に退けて、浴室へと向かった。
突然のことに健司は彼女の後を追おうとしたのだが、激しい動きのせいか、腰を中心に力が入らず、立つことも出来なかった。健司には、浴室へと入る彼女の後ろ姿を見送るのが精一杯だった。

浴室に入った有紀は、全身を写せる鏡の前に立っていた。
そして、自分の体を見下ろしながら、目の前で右手を握ったり開いたりを繰り返していた。
そして再び鏡に映る己の全裸を見つめてから、
「ふう。やっとこの体を乗っ取ることができたか」
と、男の口調で呟いたのだった。
それは、石に封じ込められていて、有紀の体に入り込んだ者の言葉だった。
有紀の体に入って以来、出来ることは寄生者の意識へ影響を与え、性欲を高めることとだけだった。
それがこうして、男の精を得ることで、ようやく意識を持ち、体の主導権を持てるようになったのだった。
「だが……まだまだだな」
再び、男口調で呟きながら、有紀はシャワーを手にして、汗にまみれた体へと流した。股間から足へと流れ落ちる湯には、処女を失った時に流れた血の色が混ざっていたが、すぐに流れ落ち、透明な湯だけになった。
今の有紀にとっては、体の傷を治すことなど、たやすいことなのである。
有紀の指先が、股間へと伸びる。体の主導権を持ったということは、体の感じる場所全てを知っている、ということでもあった。
有紀が指先を、一番敏感な場所へと沿わせると、すぐさまに敏感な刺激が伝わってくる。ちらりと前方を見ると、快感に顔をゆがめる少女の姿があった。
有紀は、わずかに満足げな笑みを浮かべてから、指先の動きを中断した。
「それよりも……」
自分に言い聞かせるように呟いてから、有紀はシャワーを止め、体を素早くぬぐってから、ベッドに横になっている健司の元へと戻った。
「ねえ、健司」
健司の耳元へ、言葉でくすぐるかのように、有紀は語りかけた。
その仕草、表情、動き……一つ一つが、さっきまでの有紀とは違って見えた。
そう思った途端、疲れが溜まっていたはずの健司の体に、性欲がみなぎってくる。
有紀と自分の体、同時に起こった二つの変化に戸惑いながら、健司は体を起こす。
「あなたのもの……もっとちょうだい」
寄り添って、彼のものを求めて来る有紀へと、健司は吸い込まれるように体を重ねていったのだった。

第二章<完>

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この作品は、
「月華の本棚」http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/8113/main.html
に掲載されたものです。